昔昔、貧乏旅行が趣味でした。暇をみつけては色々な場所に出かけたものです。(とはいっても本格的な旅人の方々から見ると、お笑いなのですが)そんな中から『水』にまつわる思い出を書いてみたいと思いますので、お付き合い下さい。
十数年ぶりにベネチアを訪れることができました。しばらく仕事を休ませていただいた罪滅ぼしに若干のご報告させていただきたいと思いますので、宜しくお付き合いのほどお願いします。
「ベニスの停車場に着く者は、この宮殿の裏玄関から入るに等しい」(トーマス・マン ベニスに死す)
マルコ・ポーロの名を冠するベネチア空港は、数年前に改築されたらしく、ピカピカの最新の空港になっておりました。手荷物の回転台はカジノのルーレットのようにナンバーが書かれて楽しげな雰囲気ですが、荷物が無くなるのも賭けだったりしたらいやだなあ。
空港の隣の船着場から、実際のベネチアが始まります。有翼の黄金の獅子の、数百年の昔から変わらないあの旗が迎えてくれます。ここから水路ベネチア本島に向かうのです。
水路には白く塗った丸太を組み合わせた標識が両側にあり、ところどころで空港に向かう船とすれ違いますが、お互いに容赦のないスピードで飛ばしているため、相手の立てた波に乗っかってすごいことになることもあります。
やがて、ガラスの島のムラーノや、静寂の島のサン・ミケーレが目に入ってくると、本島はもうそろそろです。
ベネチアは、ほぼ魚の形をしていますが、空港から水路正面玄関のサンマルコ広場へと向かう場合、この尻尾の付け根の部分にあたる運河を通過することになります。両側に建物の立ち並ぶ運河を抜け、サンマルコ広場正面の水路に出ると、息をのむばかりの船の群れです。各国の国旗を押し立てた大きなクルーザーや、大小のヨット。「バポレット」と呼ぶ乗り合い水上バス。ゴンドラ。浮かぶホテルのような数万トンクラスのクルーズ客船が煙突から煙をたなびかせ、そのデッキからは、大勢の人たちが広場を眺めています。
やがて、サンマルコ広場の鐘楼や寺院、総督の宮殿、あいもかわらず観光客で一杯の広場が見えてくると、冒頭に引用した「ここがベネチアの正面玄関なのだ。」という文豪の言葉を思い出します。到着する便が鉄道から飛行機に変わってきた今日、ベネチアの観光客は再びその正面玄関から入場するようになりました。
但し、途中の運河の両側の生活感あふれる建物には時としておばちゃんのものと思われる巨大な白いパンツが何枚も干してあったりして、正面玄関に至る前に台所と洗面所、物干し場を通過するようになっているのですが…


