2011年02月24日

昔昔、貧乏旅行が趣味でした。暇をみつけては色々な場所に出かけたものです。(とはいっても本格的な旅人の方々から見ると、お笑いなのですが)そんな中から『水』にまつわる思い出を書いてみたいと思いますので、お付き合い下さい。十数年ぶりにベネチアを訪れることができました。しばらく仕事を休ませていただいた罪滅ぼしに若干のご報告させていただきたいと思いますので、宜しくお付き合いのほどお願いします。

半端ではない雷雨に会いました。
朝から少し降り出していたので、ホテルの傘を借りて外出していたのですが、そのうち本降りになってきました。
サンマルコ広場の両替商が免税手続きのコーナーを兼ねているので、そこで手続きをしていたのですが、雨音で分厚いガラスの向こうの担当者の女性が何を言っているのかよく聞こえません。
インド系と思しきイタリア女性が、英語で日本人にめんどうな手続きを説明するというただでさえややこしい状況にも関わらず、これが半分も聞こえないのです。
とうとう彼女はマイクを引っ張り出してきたので、こちらはスピーカーに耳を付けるようにしてどうにか了解しました。やれやれ、やっと済んだ、と思って振り返った瞬間にのけぞるほど驚きました。
ここはスパゲッティの国ですが、讃岐うどんほどもある雨が轟々と音を立てて真っ暗になった空から降っています。
広場の屋根のある部分はすでに避難した観光客で一杯。
「わっ!」と驚くと、すぐ後ろにいたドイツ人女性がくすくす笑います。が、すぐあとに大きな雷鳴がとどろき、彼女を含めて数十の国語で悲鳴があがりました。
このあと、広場を抜けるのに30分以上かかったのですが、ふと振り返るとサンマルコ寺院の屋上テラスに1人傘を手にたたずむ人影。豪雨の中、孤独に広場の雨にまどう数千人を見下ろしています。
あの人はただの観光客だったのか、それとも過去からやってきたベネチア総督の誰かのユーレイだったのか…

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2011年02月08日

昔昔、貧乏旅行が趣味でした。暇をみつけては色々な場所に出かけたものです。(とはいっても本格的な旅人の方々から見ると、お笑いなのですが)そんな中から『水』にまつわる思い出を書いてみたいと思いますので、お付き合い下さい。十数年ぶりにベネチアを訪れることができました。しばらく仕事を休ませていただいた罪滅ぼしに若干のご報告させていただきたいと思いますので、宜しくお付き合いのほどお願いします。

ペギー・グッゲンハイムさんのことは、昨年ご紹介させていただきました。
鉄鋼王、グッゲンハイム一族の「跳ね返り」お嬢さん、現代美術のコレクターとして
ヨーロッパを舞台に活躍された方で、今そのお宅がグッゲンハイム美術館の分館になっています。
ペギーさんのお墓に詣でてきました。
お墓といっても、美術館の庭の一番端を区切って、壁に墓誌を刻んだだけのとてもシンプルなものです。ご本人のほか、歴代の飼い犬たちの名前と生没年が「私の可愛い子供たち」と刻まれていて、中には似たような名前でほぼ同じころに亡くなっているものもいるので、非常な愛犬家だったことがわかります。
このお墓の隣に一本の木があります。それはなんと呼ばれる種類かは分かりませんが、オリーブのような緑の濃い背の低い木で、木の下にはプラスチックの小さなカードケースにライトブルーの縁取りのあるカードと鉛筆が納められています。
これは実はオノ・ヨーコさんの「ペギーに捧ぐ」作品で、タイトルが「Wish Tree」と付けられています。参観者が自分の願いをカードに記して、この木の枝に突き刺していくという参加型の作品になっています。「木が皆の願いで一杯になるまで。」カードを付けて欲しい、というオノ・ヨーコさんのメッセージがあり、見ていると若いカップルや子供たちが次々と願いをカードに記していきます。木は、丁度日本の神社のおみくじを結ぶ木のように、もうすぐ願い事で一杯になりそうです。
プライベートでは結婚に破れたり、才能ある娘さんを早くに亡くしたりしたペギー・グッゲンハイムさんでしたが、愛犬たちや皆の願い事に囲まれて、少しもさびしくなんかない、という様子。
亡くなって後も、ハンサム・ウーマンです。

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